測定事例

名古屋大学所蔵古文書の整理・研究

本センターでは,古文書の14C年代測定法の検証とあわせ,木曽三川流域治水史料の宝庫として知られる旗本交代寄合高木家文書など,本学が所蔵する10万点を超える古文書の整理・研究を進めています。以下では,新しく確認された文書を中心に,本学所蔵史料からうかがえる,古文書が有する豊かな情報世界の一端を紹介します。

徳川綱誠年頭挨拶返札 〔年未詳1694~99年〕正月13日(大道寺家文書・博物館架蔵/写真左)

尾張藩家老大道寺家が他の御三家当主から受ける返札は竪紙ですが,これは主君(尾張藩主)ゆえ,藩礼となる折紙を用いた返札です。しかも,将軍が出す御内緒という尊大な様式がとられています。新発見の大道寺家文書には,幕閣や有力大名の書状類が多く,文書様式の検討を通して当該社会における身分・格式のあり方を考察することができます。

源頼朝袖判御教書 文治5年(1189)卯月19日(真継家文書・文学部所蔵/写真右)

戦国時代以降,朝廷権威を背景に全国の鋳物師(鍋・釜・焚鐘などの鋳造職人)を支配した朝廷官人真継家に伝来したもので,源頼朝が朝廷官人紀高弘に鋳物師支配権を認める内容の偽文書です。すでに「写」の存在が知られていましたが,これは新たに見つかった「原本」です。注目されるのは宿紙(天皇の意志を伝える綸旨などに使用される再生紙)を用いた点で,朝廷と関わる偽造者の文書認識を露呈したものです。真継家はこうした偽文書を駆使して戦国大名にも働きかけ,明治初年まで続く鋳物師支配の基礎を固めました。
このような偽文書は,これまで史料的価値が低いと見なされてきましたが,当該文書等の研究を契機に,偽作の動機・歴史的背景・社会的機能などを読み解くことで,貴重な史料として活用できることが証明されました。さらに,14C年代測定による偽造年代の特定が進めば,偽文書が大量に作成され機能した戦国・近世社会の特質解明にもつながるものと期待されます。

百姓印章 宝永元年(1704)(高木家文書・付属図書館所蔵)

高木家文書を特徴づける治水史料の中には,木曽三川流域の村々から提出された多数の文書が含まれています。そこのおされたハンコに注目することで,百姓印章の研究に先鞭がつけられました。ハンコのデザイン・寸法等の比較・検討を通して,階層差とともに顕著な時代的変化が確認されており,今後さらに異なる地域・身分にも対象を広げることで,年代判定の有力な手がかりが得られます。なお,民衆のハンコ使用は江戸時代に入ってからですが,身分制を反映して墨または黒の印肉が用いられ,苗字使用も稀でした。現在のような朱肉・苗字使用が一般化するのは明治以降のことです。

※18世紀初頭は,「栄」など,家の繁栄を願う吉字が主流ですが,やがて2字の実名が増加してきます。

このように,古文書(含偽文書)には,記述内容からうかがえる様式・機能などのほか,書風や花押,印章・印肉,料紙である和紙や墨など,原本(「モノ」)としての情報が豊富に含まれています。保存に配慮しつつ,これらの情報を抽出し効果的に活用するならば,閑却されてきた歴史の復元や非破壊いよる高精度の年代測定など,多くの貢献が可能となります。

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